糸紡ぎ教室 –2022–

糸を紡ぎませんか。

綿が服になるまでは長い長い道のりです。でも、まずは「糸」を作り出すことが原点です。
綿→糸→(染色)→生地→仕立て→服になる

最終的に服作りをしなくてもまったく構いません。
ものづくりの原点てどこだろう? というそこからを少し知っていただくことで、世界を眺める視点がどこか変わるかもしれない、そんな体験をしてみてもいいのかもしれないですね。

糸って、どうやって生み出されるの?
なぜ手作業なの?
なぜ糸を紡ぐの?
まずはそこから。

手仕事は、心が落ち着きます。
手元に集中する。
作業に没頭する。
いつもどこかがざわついているこのご時世に、「手仕事に向かう静かな時間」を作ってみてもいいかもしれません。そんな時間をあえて作ってみる、そんなきっかけにもなれば幸いです。ぜひご参加下さい。


講師:織りの教室「イトアソビ」 ふじたさん 


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ちなみに、「糸」に興味津々な私(店主)の原点は。

世の中で気嫌いされる「草」「雑草」て、そんなに役立たずなの?? という疑問をふつふつと胸のうちに抱き始めたのが10数年前。そこから草についてや、物の素材についての探求が始まりました。綿もそのなかで出会ったもののひとつ。

綿の糸だけでなくどんな糸も、植物の繊維と繊維を絡めて撚(よ)ることで1本の長ーい糸になる。その原点を探り観察することが好き。そこが私の興味の源泉なので、ただただ糸を作り上げることに愉しみを覚えています。「こうやって絡んでいくのかー! ははーん」なんて感心しながら。なので、今のところその先の「織り」にはまだまだ興味が向かないのですが、そんな動機でもまったく構わないと思っています。私のようにただ糸を作りたい、ということだけでも十分。「糸の塊を見るのが好きなの」と仰る方も参加くださっていますよ。

もちろんその先を目指している方も、ぜひぜひどうぞご参加ください。

糸づくりだけに励む人 / 織りだけに励む人
そんなチームができても面白そうですね。
やりながらその先の構想を練るのもありなのです。
なにかのきっかけになれれば。


 

昨年までの取り組みについて 〜講師 関さんとのお別れ〜

綿という植物が服になるまでの工程を、ものづくりの原点から始めてみる試み。オーロラキッチンでも始めてみようと、ご近所のギャラリーマゼコゼさんから引き継いだ教室で、「長野綿の会」を主催している関伸一さんから、綿のことからものづくりについて教えていただきました。

それは、たった一回の教室開催でした。

その後、体調が思わしくないというご連絡があり予定はすべてキャンセルし、闘病していらっしゃいました。今一番やりたいこと、一番に思い浮かべるのはやはり綿のことで、教室もまたやりたいといった前向きなメールもいただいていましたが、2021年の年末に訃報を耳にすることとなってしまいました。

ガンジーの思想に共感されて始めた趣味の手仕事で、ご自分で布を織り服に仕上げていらっしゃったりと、本当にお好きだったのだな、とその熱意にあらためて考えさせられました。

当店で開催しているものはどれも「教室」という呼び名にしているのですが、その理由は、教室と呼ぶだけで、ワークショップという気軽さを求めずに、ほんのちょっとでもより深めの興味を持つ人が参加してくれるかもしれない、という願いも込めているためです。

それが功を奏して。

そのことをお話しすると関さんからは、「教室であるからには、私も初めての試みだけど、しっかりとテキストを作りますね!」とご提案いただき、たぶん最初で最後のテキストかもしれませんが、関さんはキメの細かい、糸つむぎの工程のコツが書かれたテキストをご用意してくださいました。今となってはとても貴重な資料です。

綿の種もいただいていたので、私も初夏に畑に蒔きましたが、秋にはたくさんの綿の実をつけました! この綿で糸を紡いでみよう、また来年も種を蒔いてみよう、そんな好奇心が私の中でも芽生えました。関さんが繋いてくれたのは、綿だけでなく人のご縁の種も渡してくださいまして、これからの講師としてお願いすることになった藤田さんに出会うこともできました。このご縁に報いるためにも、たのしみながら綿の輪を少しでも広げられたらいいなと願うばかりです。

手仕事は、おもしろい! たのしい! それが一番大事な原動力だと常々思っていますので、皆さんにもたのしく体験していただければ幸いです。

最後の最後の教室が当店であったことに
なにかのご縁があったことと
感謝申し上げます。
素材から衣服や暮らしに向き合うことの意味を伝え続けてくださった関さんに
哀悼の意を